「JIN -仁-」まとめ前編

「JIN -仁-」まとめ前編
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http://www.tbs.co.jp/jin2009/
#1
南方仁は優秀な脳外科医。だが、大きな手術は自分で行おうとはしない。代わりに他の医師達の負担を少しでもなくそうと夜勤を率先して勤務していた。論文を仕上げようとする意思もない。傍から見たら、やる気のない人間に見えるかもしれない。だが、仁には理由があった。婚約者・友永未来を自分の手術ミスで植物状態にしてしまったから・・。未来も医師で、自分の手術が難しいことを知っていた。だが、最愛の人間をそうさせてしまった自分を今だに責め続けている仁を、誰が後ろ指指せようか。「神は乗り越えられる試練しか与えない。」未来の好きな言葉。いつか目を覚ましてくれる日がやってくるのだろうか・・。病院の屋上から見る夕日が一番綺麗だと言っていたあの日のことが昨日のことのように想いだされる。仁は今だに苦悩していた・・。
ある日。救急でひとりの男が運ばれてきた。すでに包帯グルグルで運ばれて傷だらけ。酷い状態だったが、脳に腫瘍も見つかった。当直で誰も他に手術する医師がいなかったこともあり、仁はその男の手術をする。摘出したその腫瘍は幼児の形をしていた!あまりの稀な症例に一同驚く。仁はその腫瘍を瓶に入れ、保管することにしたのだが。例の傷だらけの男は病室を抜け出し、その腫瘍を持ち出した。そして、瓶といっしょに持っていたのは救急のメディカルバック。仁が非常階段でその男を見つけると頭の中に声が響いた。「戻るぜよ。戻るぜよ、あの世界に。」これはこの男の声!?と、その男がメディカルバックと胎児の入った瓶を投げた。仁はそれを取ろうと足を階段から踏み外し転がり落ちる。そして・・目が覚めた時、仁は月明かりしか照らされていない草むらの中に横たわっていたのだ。
「どうなってんだ?どこなんだよ・・ここ。」ペンライトで辺りを照らすが、あまり効果はない。メディカルバックが足元に落ちている。「あの男、なんだってこんなもん?」犬の鳴き声がどこかでこだましている。ザーと近くで川の流れる音もするようだ。仁は何がなんだかわからない。そこへ、待て!という人の声と共に数人の人間が近づいてくる気配がした。木の間からちょうちんの明かりが数個見える。「おい!助けてください!」仁は声をあげた。!?・・だが、その男達は刀で斬り合いをしていたのだ。着ているものは時代劇のそれ、着物に髷。撮影か?仁はそう思った。だが、現実はすぐさまに容赦なく襲い掛かってくるものだ。
若者の武士が斬りつけた男の血しぶきが仁に降りかかった。本物!?ひとりの武士が自分にも斬りかかってくる。それを助けたのは若者の武士だった。「早く逃げろ!」だが、ついにその若者も額を斬られてしまったのだ。水戸藩の者が駆けつけ、浪人かと思われる男達は去っていったが、あまりの突然の出来事に動揺を隠せない仁。若者の供の者はすでに斬られて絶命している。だが、この若者はまだ生きているのだ。若者を水戸藩の連中といっしょに彼の屋敷に運び込む。仁は手術するつもりなのだ!自分は医者だ。助けないわけにはいかない!
幸いメディカルバックがあるので、麻酔や手術に使う薬品はそろっていた。「すぐにオペにはいらしてください!」「オッっオペとは?」若者の母親・栄はおろおろして仁に聞き返すが、「オペとは手術のことです!この怪我を直すということです。時間がないんです!この症例は30分、遅くても一時間以内に処置しなくちゃいけないんです!」仁は説明する時間ももったいないという素振りで母親の言葉をさえぎり手術の準備に取り掛かった。母親よりは気丈な感じの若者の妹・咲に手助けを求め、鉄鎚や杭を熱湯で煮させる。「できるだけ早くお願いします。包帯とかガーゼあります?」「が?がー?」咲は慌てて聞き返すのもかまっていられず、仁は屋敷の箪笥を引っ掻き回す。ガーゼのようなものを見つけ、「これも煮て20センチ角に切っておいてください。」「20センチ角?」「これくらいです!これ。」仁は手で大きさを伝え、自分は汚れて返り血を浴びた服から着物を借りてそれに着替えた。ともかく時間がない。間に合うのか?「消毒薬ありますか?」「消毒とは?」「焼酎ありますか?」こんな調子でどうにか道具はそろった。あとは栄が息子を部屋に運んで準備してくれているはず。「いわれたとうりにいたしましたが。」「暗いな・・。」灯篭を四方に巡らしてくれたがやはり、現代の手術室の照明とはくらべものにならない。栄を部屋から出し、若者の手術に取り掛かる。傷口をガーゼで拭い、咲が持ってきてくれた鉄鎚と杭を掴む。熱湯で消毒されているが、「ほんとに大工道具だな・・。」現代医学のような最新の設備はまるでない。原理や理論はわかっていても・・うまくできるのか?メスで傷口を斬り、骨に穴をあけ、そこから血を出さなければ命は助からない。「神は乗り越えられる試練しか与えない。」自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
そこへ栄が短刀を忍ばせ部屋に入ってきた。「信用なりませぬ!」鉄鎚道具を使うなど、この時代の人達には想像もつかないのだろう、栄の形相は鬼のようになっていた。息子の頭を勝ち割られているのだ。それが必要なことと説明されても、素人の人間には理解することはできないだろう。栄が短刀を振りかざしてきたのを必死で掴み押さえ、「話を聞いてください!見えますか?ここに血の海がみえますよね?これが脳を圧迫し息子さんを死に追いやるのです。あなたの敵は私じゃない。この血の海です!」仁の必死の訴えに栄も我に返り、咲といっしょに清潔な着物に着替え仁の手助けをすることになった。仁の手際、見事な縫合の手さばきに咲は無言で感嘆する。そして・・手術は成功した。橘恭太郎の命は助かったのだ。
仁は疲れて寝てしまったが目を覚ますとやはりそこは時代劇のそれ。あまりのショックに頭を抱えてしまう。夢じゃない・・急いで屋敷を飛び出すが、そこはやはり時代劇によく見る風景だった。瓦屋根が続く武家屋敷が連なっている・・。咲が表にでてきたので、仁は振り返り質問する。「今は何年ですか?」「文久2年ですが。」「江戸時代ですか?」「ここは江戸でございますが。」「上様の名前・・いやいや黒船はもう来ました?」「ええ。10年ほど前かと。」ここは・・幕末の江戸。とんでもない時代にきてしまった!
咲の出してくれた朝食はとてもおいしかった。ご飯は釜炊きだったからだろう、とてもうまい。だが・・おかずは少ないんだなこの時代。。栄にお礼にと小判をもらうのを断ったり、お住まいはどこか?と色々聞かれて非常に困ってしまった仁は、あの男のことを思いだす。<戻るぜよ、あん世界に>あの男に会えば戻れるのか・・?
その頃。栄は仁に対して再び不信感を表しはじめていた。「おたずね者なのではないのか?」「そんな方にはとてもみえませぬが。」咲は反論する。「・・そうであったとしても、私にとっては命の恩人でございます。お世話するのが人の道かと。」橘恭太郎が床から上体を起こし栄に言った。「ですが・・。」「主は私にございます。」栄はその言葉にカチンときたのか恭太郎にきつく言った。夫が病で死に、息子があとを継いだが、もう浪人に襲われ命を落としそうになってしまったのだ。「ならば、主らしく思慮深い行動をしていただきたいものでございますね。恭太郎さんが襲われたのは、勝とかいう異国びいきの所に通っているからにございませぬか?軽佻浮薄な流行に乗るからこういうことになるのではございませぬか!?」「・・勝先生のご視唱こそ、これからのこの国を立ち行かせる唯一の道でございまする!」恭太郎は言い返した。幕末は攘夷といって黒船来航以来外国人排斥運動がさかんになる。<外国の力に屈するな!>それが幕末に生まれた若者達の声だった。同時にそれは、諸外国に対抗できる能力を失った徳川幕府に対する不満に繋がって倒幕へと時代は流れていくのだが・・。この頃、異国に異を唱えず、その力を認める発言をする勝林太郎(勝海舟)はまだ稀な存在だった。ともかく、仁はその3人の会話を聞いてしまう。ここにこれ以上いられない。これ以上はどうなろうと迷惑をかける・・。
仁は神田川に来ていた。あの夜聞いた川の音。下を見下ろしていると、「何してるがぜ!?おまんはアホか?人間は急がんでもいつか死ねるがじゃき、わざわざ苦労して死ぬなんぞ、アホのすることじゃ!」仁は黒い着物を着た男に押さえつけられていた。どうやら川に身投げすると勘違いされたらしい。「家に帰ろうと思ったんですよ。」「家に?おまんの家はこの谷の底にあるがかえ?」突然男は豪快に笑いだした。「わははは!それは悪かったのう。おまんは武士じゃないがかえ?」「私は医者です。」「医者!?」「あの・・名前、教えてもらえませんか?あなたの声が聞こえたんですよ。」その男が名前を言おうとすると、仲間に呼ばれて振り返ってしまった。「なにしてるがぜ!そんだからおまえはどこでもはぐれるがじゃ!」「おお、すまんすまん。」男は行ってしまった。仁は我に返り追いかけるが、もうその男はいなかった。(たしかに今の男だった。今の男の声だった・・)
仁はそのあと江戸の町にでる。そこは賑わってみんな楽しそうにしていた。ちょっとした市がでていて、旅の者や飛脚が往来している。子供は駒を回してはしゃぎ、若い娘は派手な傘を見て微笑んでいた。と!さっきの黒い着物を着た武士の男が楊枝を口にはさんで店からでてきた。いた!仁は急いで追いかけるがその時事件が起きる。馬に乗った武士の前に売り子の子供が正面にでてしまった。馬は前足を上げヒヒーンと嘶く。母親がかばって前にでたところで馬の蹄はその子の母親の頭を蹴りつけてしまった!
仁はすぐに駆けつけ、その母親の傷口を見る。(ひどい傷だが、まだ助かる)同じく医者を名乗るまだ若い男・佐分利裕輔が傷口を見ていたが、「こりゃ・・」佐分利は助からないと診断した。だが、仁は助かると確信したのだ。周りを取り囲む町人達に、手当ての場所を手配してもらおうと頼むが、みんな顔をしかめた。その時、あの黒い武士がやってきて畳を持ってきた。「おい!野郎共。とっとと運ぶんじゃ!」(この黒い武士は機転が利く!)仁は湯島の橘家にある手術道具をこの男に取ってきてもらうことを頼む。黒い武士は籠屋を呼び止め、橘家までいくことになった。
橘家に着いた男は咲といっしょに町まで戻る。咲は仁のために必死に走った。この黒い武士も、名前も知らない人のために必死になって走っているのだ。
ふたりが仁の元に届けたメディカルバックには、恭太郎の手術で使ってだしてしまっていたため麻酔薬が入っていなかった・・。仁は途方に暮れる。だが!傷に呻きながらも母親は手術を望む。神経を糸でしばって血を止めるのだ、激痛なんてものじゃない。仁はその母親の精神力に感嘆しながらも、自分の手をすべらしてしまうほど動揺していた。(麻酔なしで手術なんて・・したことない)ついに母親は激痛に命を削りとられようとしていた。ショック死する可能性は十分にある。「ちちんぷいぷい。ちちんぷいぷい!」だが、子供は母親の手を握り必死に叫んでいた。「・・痛みよけの、おまじないでござりまする・・。」咲がしんみりと仁に言う。その光景に仁は我に返った。(これまで手術を成功させてきたのは俺の腕じゃなかった。今まで誰かが作ってきてくれた薬や技術、設備や知識だったんだ・・)その手術が無事終わり、神田川から見る夕日は今までみたこともないほど綺麗だった。思わず仁の目から涙が伝う。そして・・仁は栄からも理解を得られ、晴れて橘家に迎えられることになった。
「はぐれてばっかしだのう、おぬしは。」北辰一刀流千葉道場の千葉重太郎に、そう言われているのはあの黒い武士。「このご時勢ひとりでは何もできぬぞ。」重太郎は言う。「わしらはなあ、斬ろうと思ってるんじゃ。」「・・誰をじゃ?」顔をしかめて黒い武士が聞いた。「幕府の癌よ。軍艦奉行並・勝林太郎。」重太郎は鋭い目つきでそう言った。その頃。仁は未来と写った写真を眺めていた。ふと気づく。写真が鏡に映したように真逆になっているではないか?
仁はあくる日、またあの黒い武士と町中で会った。「またおまんかえ?」うれしそうに男は笑う。「あなた、あなた誰なんですか?」「わしか?わしは土佐の坂本龍馬っちゅうもんじゃが。」!!(この時すでに俺は、歴史の渦の真っ只中に巻き込まれていたんだ・・)

#2
「あの患者が・・」「・・・。」「本当にあの、坂本龍馬さんですか?」「あのかどうかわからんけんど、土佐の坂本じゃ。」「・・あの、乙女さんという男勝りのお姉さんいらっしゃいますか?」龍馬は眉間に皴を寄せて仁ににじり寄った。「おまん、どうしてそんなこと知っちゅうがじゃ?」仁は頭を掻いて、夢で見たとごまかした。「夢であなたの声を聞いて、江戸に来たんです。でも勘違いだったみたいです。すいませんお忙しいところ。」そそくさと仁はその場を立ち去ろうとした。「先生!名は?・・これも何かの縁じゃき。」「南方仁といいます。」
その夜。龍馬は脱藩浪士達の会合に出席していた。今の日本をなんとかしたい、外国からこの国を守りたい。そういう想いでこの時代の若者武士は決意に燃え、江戸に上洛していた。だが、その武士達はほとんどが下士や郷士といった下級武士達だった。厳しい身分制度に嫌気がさし、なんとか状況を変えたいという気持ちもあったのだろう。龍馬自身も土佐を脱藩した郷士の身である。もっとも龍馬は郷士でもまだ裕福なほうだったが。「今の幕府は腰抜けじゃ。異国にいいように振り回され打ち払うことさえできぬ。」「しかも異国にこそ見習うべきだと尻尾を振るやつもでてきたというではないか。」「天誅じゃ天誅!」皆いきりたっている。だが、龍馬は少しみんなと考えが違うようだ。「おんしら、この国を守る守る言うちょるけど、一体どうやって守るちゅうがじゃ?」「刀でに決まっておろう。」「刀を抜く前に、船から大砲撃たれてしまいじゃろ?天誅いうたところで奸物をひとりひとり斬ったところで一体何年かかる思うちょるがじゃ?どうもおんしらの言うことはうまくいくようには思えんぜよ。」と言って酒に口をつける。「貴様!我らを愚弄するか!」「坂本君。君のいうことにも一理ある。だが、天誅は有効だと私は思う。将を失った軍はなぜか壊滅するものだ。」話題は勝林太郎を斬るという話になった。勝は幕府の軍艦奉行並で異国びいきで有名、しかもその思想は発展していて門下も多いという。実は仁が助けたあの若者、橘恭太郎も勝のところに通っていた。攘夷をうたい文句に外国人排斥を掲げる志士達にとって、勝はまさにターゲットになりゆる存在だった。千葉重太郎が自分が斬りにいくと声を上げるが、「わしがいくぜよ!気が変わった。ぜひ、わしが行くぜよ。」龍馬は笑みは浮かべ、名乗りを上げた。
橘咲は仁から色々話を聞いていた。消毒の意味や治療の言葉などなど。。「先生のお手伝いを。」咲はにっこり笑う。咲は今はすっかり仁に信頼をよせ、自分も何か手伝いたいと思っていたのだ。母親の橘栄はそんな咲の行動を危ぶみ、医学の道に引っ張り込まぬようにと仁に釘を刺す。。「咲にはごく普通の娘として幸せになって欲しいのでござりまする。」
仁は自分の存在が人の運命を変えてしまっていることを実感していた。(自分の行動は歴史を変えてしまうことかもしれない。助からない人の命を助けたら、その裏側で死ななくてもいい人が死ぬかもしれない。人の運命とはそれほどにささいなものかもしれないから。それに龍馬が現代に来ていたってことは・・すでに現代の未来がなにかしら変わってしまっているのではないか?)仁は自分の行動に慎重さを求めることにしたのだ。
橘家を訪れた緒方洪庵は、この時代の医学を牽引する存在。若手医師・佐分利裕輔から仁の噂を聞き、やってきたのだ。<江戸の町にコロリが流行りだした。このままだとまた大勢人が死ぬことになる>緒方は仁に協力を頼みにきたのだ。「コレラの・・いやっコロリの?」仁は焦る。「見たこともない医術を身につけておられると聞きました。なにとぞ我らに、コロリの治療法をご教授願いたく。」「・・あの、私はコロリを知らないのです。」「4年前にも流行ったではありませぬか?!」佐分利がたまらず叫ぶ。「なんでもいいんです。国のため、道のため。なにとぞ御教授を。」だが・・仁は教えるわけにはいかなかった。もし、ここでコレラの治療法を授けてしまったら、歴史が運命が変わってしまうのではないか?何も得られなかった緒方達は、途方に暮れて帰っていった。
だが・・仁は結局コロリ治療にあたるはめになる。ちちんぷいぷいと母親の手を必死に握っていたあの少年・喜市がコレラにかかってしまったのだ。あれ以来仲がよくなり自分になついていた少年。「先生さ、うちのおっかさんどう思う?うちのおっかさん美人だろ?」そう言って笑っていた喜市は、今は吐き続け、顔は青くなってしまっていた・・。「医者が人を助けてはならぬ道理とは、いかなるものにございますか!」咲の言葉に目が覚めた仁は、長屋の人達にコロリ対策を授けはじめた。<この病は伝染病です!だから患者を隔離します!細菌ゆえの予防として、今は生ものなどは火に通してから食べるように!この細菌は吐き気や下痢で体の水分を奪い死に至らしめる!汚染されたものは徹底的に消毒すること!みんなで協力して被害を広げないようにご協力ください!>そして、コロリ患者を集めた棟の周りには赤い布が張り巡らされた。それは、これ以上入らないようにという目印だった。
仁は必死になっていた。喜市を絶対に治したい!運命を変えてしまうかもしれないという気持ちは今は吹き飛んでいた。塩と砂糖を混ぜた水を患者達に飲ませる。現代のミネラルウォーターに近い成分の水を作ることによって体の吸収をよくするのだ。直接コレラ菌を殺すことはできない。だから菌が体から出ていくまで、水分を与え続けなければならないのだ・・。
その夜。龍馬はもうひとりの刺客と勝の来るのを待っていた。勝に天誅を食らわす。「来た!」橋を渡る勝と、その供が目の前にやってきた。勇んで刀を抜いて飛び出すふたり。「勝林太郎!天誅!」勝はあわてて懐の刀に手をやるが、刺客の刀は切っ先を勝からそらし、刺客はなぜか転んでいた。龍馬が刺客の草履をふんづけていたのだ。。「いや、すまんすまん。わしゃどうも目が悪くての。」そんな龍馬に不審を抱いた刺客は、今度は龍馬に刀を向ける。が、突然倒れて尻から水をだした。酷い下痢である。「そいつはおそらくコロリだよ。」勝はケロッと龍馬に言った。傍にいた恭太郎は、龍馬を斬ろうと刀に手をかけるが、「おい。どこかにいい医者はおらんかの?」龍馬は平然と聞いてくるのだ。「今はただの病人じゃ!」龍馬の怒声に、恭太郎はしぶしぶ仁の存在を教えた。「南方先生が?」「知っておるのか?」「誰かしらんけんど、恩にきるぜよ。」龍馬はコロリにかかった志士をかかえその場を去る。勝はその様子を可笑しそうに眺めていた・・。
再び緒方達が仁の前にやってきた。咲が尽力にと呼んできたのだ。まず治療法を教えてくださいという緒方に、今度は一から知っているすべてを話す仁。緒方の翻訳しまとめたコロリ対策も役には立たないとも付け加える。緒方は無言でうなずいた。自分のまとめた方法では直せないことを緒方にもわかっていたのだ。「だが、私はあなたも信用できません。あなたは私に嘘をつかれました。だが・・あなたの論旨は明快です。私はあなたを信じたい。あなた・・その知識をどこで学ばれました?」「それは・・。」そこへひとりの患者が亡くなってしまう。「見ろ!やはりでまかせではないか!」医学所の頭取である山田純庵が叫んだ。「残念です・・。」緒方達は引き上げていく。その時!山田が吐き気に襲われ猛烈に吐いた。伝染していたのだ。周りの医師達はさっきの仁の説明で伝染病と聞いていたので容易に手さえ差し伸べられない。「なんじゃなんじゃ?肩くらい貸してやればよかろうが?ちゅうことはよ、あの先生の言うことをまんざら嘘ではないと思ってるということかえ?」龍馬は志士を背負っていつのまにか長屋に姿を現していたのだ。そして、立ち入り禁止の赤い布をなんともなしに超えて入ってくる。自分が伝染する心配などまったく意にかえしていないのだこの男は。そして、仁を信じているのだ龍馬は。「頼むぜよ!南方先生!」龍馬の笑顔に仁は熱くなる。「はい!」緒方も山田を担いで赤い布を超えてきた。「どうかお願いします。国のため、道のために。」「・・はい!」仁の目頭はいつしかうれしさで、さらに熱くなっていた。

#3
「ともかく、感染を広めないようにするのが一番です。」仁は、緒方洪庵や佐分利裕輔などの医師達に、コロリの処方と対策をあらためて教えていた。緒方は、コロリ患者の中には水分を与え続けてもすぐに戻してしまう患者がたくさんいると指摘。仁はその意見にうなづき、ある道具があるか緒方に質問する。「ゴム管はありますか。」「あります。長崎より取り寄せたるものが医学所に。」(あるのか!?この時代に)その言葉に今度は緒方に注射針をみせる。「銀でこういう針は作れますか?中が空洞になっているのですが。」「腕のいい簪職人ならできぬことはございません。」仁は点滴を作ってもらうことを緒方に頼んだ。(この時代でも点滴を作ることが可能だ!)仁はメモ帳とボールペンを出して点滴の絵を詳細に書き緒方に渡した。佐分利はボールペンを見て驚いていたが、仁はこの時代の豊かさに改めて驚かされていたのだ。「・・針を直接血管に・・。」緒方は画期的な方法にうめいた。「そうすることで、吐き気の強い患者もなんなく水分を吸収することができます。」緒方は仁の頼みを承諾した。各地にあたり、道具を作らせるように働きかける。そして。橘咲も仁や緒方達の熱意に心を打たれ、自らコロリと戦うことを誓った。実は咲の父親はコロリで亡くなっていた。「これは私の戦なのでございまする!」咲の言葉に、仁もあらためて咲に協力を頼んだ。
坂本龍馬は、コロリに汚染された服や糞などを埋める穴を堀り続けていたようだ。どうやら吉原に連れてってやるからと町の人間をけしかけ、もうかなりの穴を掘っていたようだ。。そのことを報告にきた龍馬に、思わず感嘆してしまう仁。(これが・・あの龍馬か・・。)「先生は怖くないがかえ?わしはうつるって聞いてからは内心もうヒヤヒヤで。必死で格好つけちょったぜよ。」龍馬の正直な笑顔に、仁も笑う。「・・私は医者ですから。」「ここで死んでも本望ちゅうがかえ!?かっこええのう!」龍馬は豪快に笑った。「わしにはまだ見えんぜよ。真っ暗な中を手探りで歩いちょるような感じじゃ。このためなら命を懸けてもいいって道は、まだ見えんぜよ。」「・・見つかりますよ。きっと。」そう龍馬に言いながら、仁は思っていた。(もしかしたら、ここで死んでしまっても、自分は現代に帰れるのではないか?未来のいるあの時代に)ここは自分の本当の居場所ではない。と龍馬に言いそうになる自分がいたのだ。仁は、この時代に来てから色々な人達に出会い、また数々の出来事に遭遇した。それでも・・自分の帰る場所は現代なのだ。
勝林太郎が江戸城で訴えかけていた。内容はコロリのことである。「コロリは異国より持ち込まれたもの。それにて苦しむ江戸は、まさにこの日本の縮図でございまする。そのコロリを見事討伐なされれば、朝廷への印象も芳しく、攘夷派の風向きも必ずや変わることと。上様のご威光はいや増すばかりとなりましょう。」そう言う勝の後ろには橘恭太郎が正座していた。恭太郎もコロリのことを心に病み、対策を幕府に頼むように勝に進言していたのだ。これにより幕府は、コロリ対策に援助を行うことに決める。これで点滴も大量に作ることができ、他の器具や薬品も数がそろう。医学所の医者達と協力して働きかけていくと、恭太郎もその指揮に関わることになったと仁に報告に来た。「ありがとうございます恭太郎さん。最高の知らせです!」仁は恭太郎に頭を下げる。「まっことそないなことが!」龍馬は驚きを隠せない。自分達勤皇の志士と呼ばれる浪士達は、異国にいいようにされている幕府の弱腰を理由に、その要人達を天誅という名目で斬ろうとしていた。龍馬はその志士達の考えに同調できずに悶々としていたが・・これはどうしたことだろう、その弱腰の幕府でさえ、協力するというではないか!?
だが!その時。仁は突然吐き気に襲われ倒れてしまう。ついに、仁自身がコロリにかかってしまったのだ・・。駆けつける龍馬や恭太郎に、自分自身のやるべきことをやるようにと諭す仁。「行って成すべきことをなさってください。国のため。道のために。」青い顔で笑顔を見せながらも、強い眼差しを向ける仁に、龍馬は心打たれていた。「ここの診療所を頼みます。」という仁の言葉に咲はうなづいた。
仁の容態はかなり悪いようだ。吐き気が強く、点滴をしていても失われた水分を補給しきれていないかもしれない・・。咲は診療所になった長屋の患者達の対応に追われながらも、必死になってがんばっていた。そんな時。橘栄が差し入れを持って尋ねてきた。「勝って戻ってきなさい!」栄も咲の行動と意思を、今は見守り応援してくれていたのだ。
仁は病院にいた。ここは現代?自分は戻ってきたのか?あわてて未来の病室に走る。自分の手術ミスで植物状態にしてしまった婚約者・友永未来。病室に駆け込むと・・ベットは空になっていた。屋上にいくと未来がいた・・。夕日をさびしそうに眺めている。仁に気づき、振り返ると未来はさびしそうに笑った。「そこか・・。いいよ、仁先生。またきっと、いつか会えるから・・。」そして雨が降ってきた。気がつくと未来の姿は消えている。目を覚ますと・・目の前に泣き面の咲が覗き込んでいたのだ・・。
仁の容態は落ち着きを取り戻し、江戸の町からも少しずつコロリの影響は失われていった。江戸全体がコロリに立ち向かった結果、被害は最小限度に食い止めることができたのかもしれない。
仁と咲は平穏に戻りつつある江戸を穏やかに感じていた。その仁のもとに訃報がやってきたのだ。喜市の母親が辻斬りに合ったという。死んでしまったのだ・・。喜市はコロリを直し元気になった、母親も以前、麻酔なしの手術を乗り切ったのだ。息子のコロリが直り、ようやく親子で暮らせる日々が戻ってきたというのに!「へっちゃらだよ・・。先生。いつしか人は死ぬもんだし。でも・・先生には悪いけど、おいら・・助からなければよかったよ・・。」その喜市を抱きしめながら、仁は泣くしかなかった。
「咲さん。私は未来からやってきた人間なんです。」仁は、咲には本当のことを言う決意をする。夕日で赤みかかる草原で、仁は咲に話し始めた。自分の行動で歴史が、未来が変わってしまうのが怖かった。だからコレラの治療法も最初、教えることができなかった。神をも恐れぬ行為だと思っていた。「だけど・・未来を変えてしまえるなんて、とんでもない勘違いだったのかもしれない。コレラで助かった人達は、俺が何もしなくても助かった人達なのかもしれない。俺がこなければ、コレラにかからなかった人達なのかもしれない。馬に蹴られて死んでしまうはずの妙さんは・・代わりに辻斬りに斬られただけなのかもしれない。歴史は俺のやったことすべて帳消しにするのかもしれない。だとしたら・・だとしたら・・俺。何やってるんだろう・・。」仁はどうしようもない無力感にとらわれて泣きだしてしまった。「・・先生は私の運命をかえましたよ。先生と先生の医術にお会いしてから咲は、なにやら色んなものが以前より明るく見えます。咲は生きておりますよ。」やさしく笑う咲に、仁はいっそう涙を止められなかった。後日。仁の後髪にはチョコンと小さな髷が結ってあった。それは、仁がこの時代で生きていくという決意の現われ。(未来。歴史は思っている以上に強大で、だから自分は臆することなく向かっていくよ。人は所詮、精一杯生きることしかできないのだから・・。)
その頃。龍馬は勝林太郎のところへ面会にきていた。以前自分を斬りにきた男を部屋に呼ぶ勝も、なかなか懐が広い。「まあ、異国に勝つためにゃあ、まずは寝ることよ。奴らの手練手管を盗んで、寝首を掻っ切る。」火鉢を箸でつつきながら、ニヤニヤ不敵に笑いながら話す勝。勝は異国の技術や政治を学んで吸収し、国力をつけてから、異国と対等に対峙すると言っているのだ。「そんなもんぶら下げてちゃ、廓にもあげてもらえねえよ?」箸で龍馬の刀を指す。その時!龍馬の目がギラリと光った。刀を抜く!実は龍馬は北辰一刀流免許皆伝の腕を持っている猛者だ。だが、その刀を畳に突き刺し、龍馬は勝に土下座をした。「先生の話には血があるぜよ、肉があるぜよ!この国を想う真に道あふれちょるぜよ。どうかわしを弟子にしとうせ!」「かまわないけどよ、おまえさんは今までの仲間を裏切ることになるんじゃないかい?」「・・わしゃ今まで世の中を変えるためには誰かの仲間にならんといかんと思うちょった。けんど・・何か違おうちょる気がして仲間になりきれんかった。今は自分の信じる道を歩きたいぜよ!」龍馬は涙ぐんでいた。「それが、誰も歩いてない道でも!正しい道じゃったら仲間はあとからついて来るぜよ!そう教えてくれた男がおるき。」龍馬の言葉に勝も笑顔を見せた。

#4
コロリの猛威が江戸から去り、それぞれの生活が始まっていた。仁は緒方洪庵の勧めで、医師達に医術を教えていた。そこの西洋医学所で、仁の講義を受ける緒方の姿勢と熱心ぶりは、周りを驚かすほど。佐分利裕輔は目を丸くし、山田純庵は緒方の仁に対するあまりの信奉ぶりに顔をしぶくし自分も勉強に励んだ。緒方の質問責めに、仁も苦笑する。だが緒方がそこまで熱心だからこそ、他の医師達が仁の講義を信用しているといっていい。江戸の医学は確実にその進行を前に進めていた。仁のもとには手術に使う道具が新しく開発され手元にある。そのうちの道具のひとつに咲が興味を示した。というより、仁が試していたのを見かけたのだ。咲は西洋医学所で仁の講義を聞き、医学の勉強をしていた。仁の助手をやっていく心づもりなのだ。
「それは何を?」「頭に穴を開ける道具です。」テコの原理か仁がグリグリとハンドルを回せば、先の部分が回転し、木の板に穴を開けていく。これで、鉄鎚や杭を手術に持ち出さなくてすみそうだ。。咲もそれを試してみたくて自分が道具を握る。先の部分が回転して板に穴を開けているのを喜び、仁を見ると!仁の顔がもろに目の前にあるではないか!「あっあの!夕食の豆腐は揚げだしか?湯豆腐か?」思わず、あとずさって正座して聞いてしまう咲。「?揚げだしで。」そんな様子を知っている栄は心配していた。このまま仁に触発されて、娘は本当に医術の道に踏み込んでしまうのではないかと。「南方先生とはずいぶん仲がおよろしいことで。」「母上も仁先生のことはお嫌いではないでしょ?」「好きとか嫌いとかそういうことではありません!女だてらに医術などに夢中になって!これ以上婚期を逃したらどうするつもりです?!」それを聞き、咲は顔をしかめてうつむいてしまった。。
そんな頃。坂本龍馬が仁の元を尋ねてきた。龍馬は勝林太郎の弟子になって、船の勉強や操船の仕方などを教わったりしているようだ。黒船来航時、その圧倒的な技術力の差を見せつけられ開国をせまられ不平等条約を押し付けられた日本。その技術を認め、それを学ぶことはいずれ日本のためになると、勝は門下を集め操練所を作ることになる。ともかく。龍馬は色々忙しいらしい。。恭太郎も今は完全に勝の秘書のようなことをしているようだ。
「先生?今日はこのあと、あいちゅうかえ?」龍馬は真面目そうな顔をしながらも、鼻の下を伸ばして聞いてきた。目をつぶらされて男同士で手を繋いで連れてこられた場所は・・吉原!!
目を開けると、その淡い光の連なりが目に飛び込んできた。オレンジとも赤いともいえない光を放つちょうちんが、左右にずっと奥まで続いている。この時代、最大最高の歓楽街である。その艶やかさに目を奪われた仁。大勢の人達が歓楽街を歩いていた。女郎や花魁の姿の他は、やはり男ばかりだ。「これから店に行ってみるき。前に鈴屋という店の親父を助けたことがあってのう。いつでもタダで来ていいと言われちゅうき。」龍馬はうれしそうに仁に言った。ノリノリである。。仁は咲に夕食を作らせてしまったから帰るというのだが、龍馬は仁を羽交い絞めにして帰さない。どうやら惚れてしまった花魁は、医者を探しているようなのだ。龍馬は人気が高い花魁の気を引くために、仁を担ぎ出したというわけだ。ふたりが待っていた派手な部屋の襖が左右に開き、これまた艶やかな花魁が立っていた。その花魁・野風は冷ややかな目線をふたりに向けていた。<!?>仁はその野風を見て驚愕する。<未来?!>現代に置き忘れた植物状態の恋人・未来に、姿顔が瓜二つだったのだ・・。
「どんな病も治せるでありんすか?」「どんな病も治せるき!」驚愕して声がだせない仁に代わり、龍馬が答える。だが、仁は口走ってしまった。「あっあの?みよじは?いやっ・・お子さんは?」野風は嫌気が差したように仁から目をそらす。「!どーしたんじゃ。先生。いるわけなかろう!」龍馬が驚いて仁に言った。野風は目の下を指で伸ばして、舌を出し、アカンベーをした。部屋を出て行く・・。ふたりは野風に嫌われてしまったのだ。。
浅葱裏(田舎から出てきた藩士)と酒を交わすのは嫌だと下僕に言い捨て、歩いていく野風。それを聞き、笑う龍馬。今日のところは帰ろうと仁を促す。帰り際、その下僕に仁は、何かを頼んだようだ。ふたりが帰ろうとすると女将が龍馬を呼び止めた。どうやら廓主・彦三郎の具合が変らしいという。仁はもちろん彦三郎を診ることにしたのだ。最近頭を打ったことがあることや、昏睡状態であることなどから、慢性硬膜下血腫である可能性があると見た仁。頭に溜まった血をださなければ彦三郎は死に至るだろう。それを女将に説明するが、頭に穴を開けるという説明にたじろいでしまう。そこへ、野風が入ってきた。「手術とやらをしておくれやんし。」
アカンベーをした時に目の下が白かった。そのことだけで自分を貧血だといい当てたと下僕から聞いた野風。仁の能力に、野風は彦三郎を直せるのはこの人しかいないと女将に頼んだ。女将は野風の心意気に笑みを浮かべながらも交換条件を出す。「もし助からなかったら、どう落とし前つけてくれる気だい?」野風はずっと杯を交わすのを嫌がっていた金持ち旦那との杯を交わすのを条件で、女将を納得させた。仁は書状を橘家に送る。恭太郎は咲に道具をそろえてもらい、自分が吉原に向かった。咲は道具をそろえている最中に、見てしまうのだ。それは、仁と未来が並んでピースしている写真。未来は手術前で病院のベットでの撮影である。もっとも、咲にはそれが写真というものだということもわからない。よくできた絵だと思ったのだろう。だが、仁が女性と並んで写ってることに、咲は目を釘付けにしてしまう・・。
仁の手際は鮮やかだった。エーテルを使った麻酔、作ってもらった道具類で、いつにも増して手術は手際よく進む。ただ、レントゲンがあるわけではないので、血腫の場所の特定だけは確実ではない。!!(ここに血腫はなかった)仁が最初に空けた場所に血腫はなかった・・。あせる仁。
その頃。龍馬と野風は一室で待っていた。龍馬は野風に問う。「よっぽど慕っておるんじゃのう・・?」「・・今のあちきがあるのは、おやじさまのお陰でありんすゆえ。」10歳くらいで吉原に売られてきた自分。ここがどういう場所かわかってきて嫌になった自分は脱走した。だが、行くところなんてなかった・・。結局腹が減り、また鈴屋に戻ってきた。逃げ出した自分をやさしく迎えて、腹一杯ご馳走してくれたおやじさま。おやじさまは吉原の女の宿命を野風に教えた。最上格の花魁になれば、皆お前にひれ伏し、おまえの情けを請いたがる。<ここは女が唯一下克上できる場所。逃げるのなら、いっそ、テッペンを目指してみないか?>「・・だから。亡くなられては、どうにも困るのでありんすよ。」少し涙ぐんだ野風の声色に、龍馬はやさしくも真剣に野風を見つめた。その時!手術をしている部屋から女将の驚きの声が上がる。血腫が見つかり血が噴出したのだろう。だが、それは手術成功の印なのだ。野風は折り目正しいたたずまいで伏し、龍馬に頭を下げた。「これで野風さんの話なくなりますよね?意にそわぬ客をとるという話は。」仁の声がとなりから聞こえてくる。「・・そんなことを・・。覚えて・・。」野風はうれしそうに微笑んだ。
帰り際。野風は仁を呼びとめ、お礼を言い今度来た時には、「心よりもてなしまする。」と言った。龍馬に対しては、忙しい方と聞いていますゆえと笑み。「・・・」龍馬は目を細めて野風に言い始めた。「おまんはわしを浅葱裏ち呼んだのう。わしゃ田舎侍には違いないけんど、江戸勤番の武士ではないぜよ。浅葱裏いうのは野暮だけんど、れっきとした武士のことを言うがじゃろう?わしゃそんなええもんやないぜよ。ただの脱藩浪人じゃ、脱藩浪人の坂本龍馬。浅葱裏に失礼じゃき、今度は間違わんでくれんかのう。」龍馬の言葉になんともいえない楽しそうな顔で笑い出した野風。この龍馬という男のことを誤解していたのだ、なかなかの男。稀に見る男ふたりに出会えたかもしれない・・。野風は心から楽しそうに笑っていた・・。
仁もそんな野風を見て、未来の笑顔を思い出していた。思い出さないわけがないのだ、瓜二つのひとが、そこで笑っている。仁はこの時代の医学の針を進めることによって、現代の歴史が変わり、未来の病気も治るのではないか?運命が変わるのではないか?という期待も込めていた。そして。野風さんは未来のご先祖様なのか?この出会いは・・未来の現代にとって、どう影響するのか?それともしないのか?「・・・。」仁は写真を見てみた。!!写真が病室でのピースサインから、部屋での何気ないツーショットに変わっていた!(これは・・未来の病気は治っている?)うれしさで仁は手が震えた。「寿命が・・。」
彦三郎の経過を診に、仁は再び吉原へ。今度は咲もついてきた。吉原での朝帰り。ずっと咲は気にしていたのだろう。だが、仁は揚げだし豆腐が食べたいからと、遊ばないで帰ってきた事実を知る咲。思わず笑みがこぼれて仁を見てしまう。だが・・野風を見た咲は驚愕してしまうのだ。<あの絵に写っていた人!?>
野風は仁に、また病人を診て欲しいと頼んだ。その病人は・・。

#5
仁は再び吉原で患者を診て欲しいと頼まれた。花魁・野風からの頼みである。実は野風が医者を探していた本当の理由は、この患者だったのだ。「先生?姉さんを治していただきとうござんす。」野風は襖を開けた。けだるそうに体をもたげ、こちらに振り返るその顔は美しかったが・・痣のような班点があちこちに吹き出ている。着物の間から見え隠れする首筋、手首にも痣があるようだ。よくみると膿んでいる・・。「こちらは江戸一番のお医者様でありんす。」「・・あちきを診てくださるお医者様が・・まだこの世にいんしたか。」夕霧はそう言って笑い、手を合わせた。「ありがたや・・。」だが、仁はうつむくしかなかった。<末期の梅毒患者>こうなっては・・もう手をくだせることはない。現代では抗生物質があるため、ここまで症状が悪い患者は稀である。しかし・・実際のところ病原的なものは確実に解明されていないのだ。粘膜による感染、血液による感染であることから、性病、不特定多数との性行為による感染ということになる。だからやめろと、吉原の女に向かって、それが言えるのか・・。
「・・残念ですが。私には手の下しようがありません。」仁は必死な眼差しを向ける野風にそう言うしかなかった。「さいで・・ありんすか。」野風は気丈に振る舞い仁に背を向けた。咲も無言でなりゆきを見守っていた。仁が持っていた移し絵(写真)に、仁といっしょに写っていた女性に瓜二つの野風を気にしながら・・。
仁は緒方洪庵の元を尋ねた。梅毒についてどういう治療が現在行われているのか?緒方は水銀療法が試されているが、これが梅毒以上の苦痛を伴うと説明。仁は顔をしかめる。緒方は逆に梅毒の正体を仁に聞いた。目に見えない梅毒菌微生物が粘膜や血液から進入し、いづれは体中を蝕んで死に至らしめる。「・・しかし今の我らにできることはないんでしょうか?今目の前で苦しんでいる民のために・・。」緒方のうめきに、仁はある考えをめぐらした。
鈴屋に赴き、廓の中から梅毒を予防するということを説得する仁と緒方。だが、女将は顔をしかめた。女郎達も金切り声を上げて仁達に怒る。余計な詮索、おせっかいはするなということだ。梅毒にかかり一度床に伏せると、女郎としての値が上がると野風が説明しはじめた。「それは誤解です!回復は一時的なもので、数年後には重い症状がでて・・。」「知っとうす。」「・・・。」「治せないのでありんしょ?治せるなら皆聞く耳も持ちんしょ。体を売らずに、女郎にどうやって生きていけと?」野風は仁を睨みつけ姿を消した。廓主・彦三郎が、仁に丁重に事の次第をあやまる。だが仁は考えが足らなかったと自分の甘さを痛感するのだった。
<ペニシリン>アオカビの中に存在が発見された史上初の抗生物質。様々な細菌を駆逐するその薬は、20世紀最大の発見といわれている。だが、この時代にまだあるわけがない・・。しかし仁はそのペニシリンの作り方を知っていた。偶然にも現代でそのレポートを読んだことがあったのだ。(天然ペニシリン精製に関する一考察)そのレポートを書いたのが友永未来。彼女との出会いがそのレポートだったのだ。~この時代にペニシリンを普及させるために運命が自分をこの時代によこしたのか・・~仁は自問する。そして・・決断したのだ。自分がペニシリンを完成させる!
ペニシリンを作り出すには医学所のみんなの力が必要だった。緒方に声をかけ医学所に施設を貸してくれることを頼む。忙しそうに準備している仁に、咲が声をかけた。だが・・写真の女性のことは聞けない。「あの・・何かお手伝いできることはありませんか?」「じゃあ!青カビを集めてもらえませんか!できるだけ色んなところから集めてもらえると助かります。」咲はこのあと献身的にカビ集めに協力してくれた。弁当の差し入れかと思いきや、その中身はカビの生えたおにぎりだった。。
「うまくいけば梅毒以外の不治の病とされてきた病も治すことができます。おそらくこれによって医学界はめざましい進歩を遂げるはずです。ペニシリンといいます!」仁は集まってくれた医学所の医師達に説明する。緒方の他に山田純庵、佐分利裕輔も目を輝かせていた。自分達の手で、奇跡の薬を作成するのだ。その作業は地道をきわめたが、不休で作業に没頭する。カビを更に増やし、水に溶かして分解、さらに酸性、アルカリ性で分解していき、できるだけ濃度の高いペニシリンを搾取するようにする。まともな器具も液体もないが、それを作成しながら、さらにペニシリンを搾取していくのだ。この肯定で、まともなペニシリンはほとんど作成できなかった。だが・・それでも十分な純度のペニシリンが精製できたことには間違いはない。たとえ少量でも医師達、仁は目を潤ませて感動する。<これで夕霧さんを救うことができる!?>
その頃。坂本龍馬は勝林太郎と橘恭太郎と話をしていた。勝の機転で龍馬の脱藩の罪は許されることになったらしい。恭太郎は目を丸くしていた。「ま。今更脱藩を解いてもろうたところで、なんちゅうこともないけんど、これでおおっぴらに海軍修行に没頭できるぜよ。」龍馬は寝っ転がる。「で、時に南方先生は何しちゅうがぜよ?」「西洋医学所に泊り込んでペニシリンという薬を作っております。」「そりゃどういう薬だい?」今度は勝が興味深々だ。「梅毒に効く薬で、野風という花魁の願いで作りはじめたみたいで。」!!「の・・野風花魁の!?」龍馬は体を起こした。「わしがやっと一歩進んだと思ったら、二歩も三歩も先に行ちゅう奴がおるぜよ。あの先生見よったら・・わしゃおのれがちんまり見えてしかたないぜよ。」龍馬は腕を組んでしかめ面をしてしまった。
精製したペニシリンを注射針で体内に注入する。夕霧の具合はだんだんよくなっていくように思われた。その様子に、野風はうれし涙を流す。だがペニシリンの精製はまだ安定せず、夕霧の病状はすでに末期だった。夕霧は亡くなった・・。「泣いても一生、笑っても一生、ならば今生、泣くまいぞ。」夕霧の死顔は化粧され、さも綺麗だったのだ。
「・・死も救いなんですよね。医者が言っちゃおしまいですけど。」仁が草原で咲と腰を下ろして言った。「・・夕霧さんが笑って逝けたのはペニシリンのおかげです。」咲の言葉に、仁は写真を咲に見せた。「野風さんに似てるでしょ?この友永未来って人がああやって作る方法を考えたんです。」「この方が・・。」医者見習いの自分に、突然レポートを見せた後輩だった未来。何気ない仲間との会話で、できないと笑い話にしていた内容が、そこには実験考察としてまとめられていたのだ。仁は驚く。「できないって言葉きらいなんです。それだけです。」そう言った未来と、自分は婚約していたことを咲に告げた。だが、その重い病気の手術に自分が失敗して生きる屍にしてしまったこと、この時代の医学の針を進めることが、現代の未来の病気を治すことになるかもしれないこと。咲にすべてを話した仁。そして・・写真はまた変わっていた。ふたりは別の場所で笑顔を向けている。現代では未来の病気は治っているのだ。(すべてが前向きに進み始めている)仁はそう感じていたのだ。だが・・。

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